私たちは生命を頂き実際に生きています。その頂いた生命はそれぞれ別々のものではなく一つの生命で、大きな大きなひとつの生命のようです。ですからみんなが同じ生命の中で生きている感じでしょうか。生命は目には見えませんが確実に存在します。その当たり前のことを少し考えてみましょう。
1.命ってなんでしょうか
私たちは今までお母さんから生まれた時が生命の誕生で、死ぬ時が生命の終わりだとずっと思って生きてきました。身体が自分であり生きていることなのだと。でも本当は違うようです。命や気持ちは身体のように時間的な制限がないので、始まりや終わりはなくこの先もずっと永遠に続くそうです。気持ちは自分だけのものであり他の気持ちとは違います。
生命は自分だけの別々の生命ではなくみんなが大きな一つの生命の一部を頂いているようです。その大きな一つの生命のお力を頂いて今私たちは生きています。ですから全部の生命がつながっているという感じではなく、大きな一つの生命の中でそれぞれが別々の気持ちを持って生きているという感じでしょうか。気持ちの活動には何らかのエネルギーが必要です。それが生命の力です。どんな生き物であってもその生命の力がなければ生きることはできませんし、たとえ物であっても存在しているということは生命の力が働いているそうです。
今までは自分のこの人生だけが生きていることだと思っていたので、なかなかわかりませんが頑張りましょう。
2.みんなが命でつながっている
この世界で生きている、存在していることはその大きな一つの生命のお力によりなされています。ですから私たちは 生命の大親 に大きな生命の一部を頂いた子供たちです。この世界に存在している生命はたとえ植物や虫であっても果ては宇宙人(地球外生物というのでしょうか)であっても目には見えなくても大元は同じ大きな一つの生命です。それぞれが同じ親を持つ子供たちですのでみんなが家族です。みんな同じ生命でつながった家族なんです。このことは今まで考えたこともなく思ってもみないことですので、言葉で理解するのは大変なことだと思います。でもこれも本当の事のようです。そして大きな全体の中の一部として自分が存在しています。
3.大きな生命はみんなのためにあり、みんなは大きな生命のためにある
私たちは自分以外になんかの集まりを作っています。親子、家族親戚、会社、学校、市民国民などたくさんありますが、何らかのつながりを求めそれに属しています。どのような集まりであれその集まりが発展していくことを望み、そのことを喜びにしています。オリンピックであれば日本の選手を応援し、日本の選手が金メダルを取ることに熱狂します。その選手とは縁もゆかりもなかったとしても同じ日本人であることでその思いを感じ、同じ気持ち同士で共有することができます。
この世界においては自分だけが独り存在することには意味も価値もないようです。そのことを考え広げてみるとみんな大きな生命でつながった家族です。みんなが協力し力を合わせ大きな生命をより大きなものにしてゆく。それが本来あるべき姿だと思います。ですが私たちはこのことを全く分からずケンカばかりしてきました。同じこの地球に住む人間である仲間同士で争い、奪い合い殺しあってきました。長い間でそれはとんでもなく異常なことだという気持ちさえ失くしてしまいました。このことをみんなで考えましょう。なんのために命を頂くことができたのか。
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